2011年12月15日木曜日

おんがくのじかん




先日、ユーチューブなるものを見ていたら、とあるユニットが活動休止を経て3,4年ぶりにリリースしたシングルのPVに遭遇。僕はその歌、凄くいいと思い、肩を左右に揺らし、フンフンと鼻歌をくゆらせながら、ふと画面を下にスクロールすると、なんとも驚き。「変わっちゃったなあ」「昔のほうがよかった」などのコメンツが炸裂している現場に直面しました。

えらいこっちゃ、とても複雑な気持ちになり、この重すぎる右腕を取り上げた次第であります。

僕は、「変わっちゃったなあ」だとか、「昔のほうがよかった」などのコメントを吐く人間に対して、凄く違和感を覚えます。もちろん、唐突に、偉そうに、「僕は凄く違和感を覚えます」、などとブログに書き殴る人間に対して凄く違和感を覚える人間がいるのも重々承知しているので、そのような方は、中指をピンとおっ立てながらとブラウザを閉じ、コーヒーなんか飲みながら、もう一度気分をブラッシュアップした上で、インターネットの世界にリダイブしてください。


僕は、音楽が好きです。

ジャンル問わず、色んな音楽に対して、素晴らしいと感じ、お気に入りリストにいれ、CDを探しまわります。

音楽が好きなので、音楽を好きな人も大好きなのですが、ちょっとだけ、苦手なタイプの音楽好きがいます。

それは、
・変わっちまったことを嘆く人 と、
・他のものを否定しないと、自分の好きなものの良さを語れない人 です。

2つ目に関しては、特に自分の実感として、通称ロキノン系上がりのダンスミュージック愛好家と、それこそ通称ロキノン系好きな人に多いです。どちらも大好きなのですが、クラブミュージック好きな人がJロックを否定すると僕はなんだかなあ、と思いますし、ロキノン系好きな人が西野カナやMINMIを否定しているのを見ると、うーん、阿呆らしくなります。


今でこそ、ももいろクローバーや、東京女子流にうつつを抜かす僕ですが、もともと音楽にはまったきっかけは、美空ひばり先生でした。幼稚園の時に、親戚の家でカセットの美空ベストを発掘し、延々聞いていました。そこから、シャ乱Qに流れ、ジブリ音楽にはまり、GLAY、X JAPAN、ブルーハーツ、ゴイステ、ハイスタ、スネイル、ホルモン、その辺まで来て、フィッシュマンズに埋没、矢野顕子嬢に惚れ、中島みゆき吉田拓郎井上陽水を浴び、INU、RC、松本隆、村八分などなど、勃興ロックをリバイバルしました。そして大学で、色んな、とても色んな音楽にめぐり合いました。その過程でダイノジと出会い、嵐を崇拝し、アイドルに目覚める。


そんな経緯の中で、僕の音楽の聞き方を160°くらい代えてくれたアーティストが唯一、いるのであります。

それが、Perfumeでありました。

アイドルにハマるなんて、考えもしなかった僕にとって、Perfumeは衝撃的でした。
きっかけはクイックジャパンで紹介されていた、「道夏大陸」です。

最初は何気なく聞いていたコンピューターシティが、道夏大陸見た後に聞くと、泣けて泣けてしょうがないのです。

そこで僕は、とても面白い音楽の聞き方を勉強しました。
それは「ストーリー重視」の聞き方です。

ただ単純にその楽曲を評価するのではなく、そのアーティストが、どんな思いでこの曲を書き、発表したのか。前のアルバムはどうだったのか。その曲がリリースされた当時はどんな世相だったか。ライバルは誰だったか。恋をしていたか。何を渇望していたか。
そのような所を、執拗に妄想し、聞く。すると普通の曲が、普通ではなくなるのです。

Perfumeは、その点もの凄く優れていました。
当時も、客一人ひとりが、メンバーの気持ちを勝手に自由に想像出来てしまうのがPerfumeの凄さであるなどと批評されておりましたが、全くその通り。無機質すぎる歌声、しかし異常に感情的なMCによって、ワタシは、自分の頭の中で想像するアイドル像が混乱ともに崩壊し、いったいこの人達はこの日のためにどれだけ努力をしていたのだろう、周りの大人達は、どんな気持ちで彼女たちを見つめているのだろう、それに対して僕は何かできただろうか、何かやっただろうかと問答し、ハマりました。

同じように、小沢健二さんの歌も、当時の世相を考える(オウム事件)と、時代の希望を一手に背負う王子様としての覚悟が滲むような気がして、震え上がるのです。

そんな一種の病気になってしまったからこそ、「変わっちゃったなあ」などのコメンツに遭遇すると僕は困ってしまう。きっと、なぜ変わったのかを想像したその先に、何倍もの魅力が隠れているからです。

ライブは共同作業です。
大阪のなんば花月に行くと、大阪のお客さんたちが「わざとらしく」大声で笑い、バンバン拍手をし、盛り上げようとしている姿に感動できます。きっとそれは、「そうしたほうがみんな楽しめる」ことを知っているからで、そのとき僕は、音楽フェスティバルで通ぶって後ろのほうで腕組んでみて、拍手もせず、「どんなもんだいこのバンド」などといった心持ちで、偉そうに高みの見物をしていた自分が情けなくなりました。

楽しませる姿勢も大事ですが、楽しむ姿勢はもっと大事です。
つまんねえつまんねえ言ってないで、どうやったら面白くなるか考えるべきだと、まだまだ自分に言い聞かせるつもりで、思います。


などと、ついつい暑苦しくなってしまいました。

ですが、付き合いたての気持ちを永年維持しつづけるカップルが稀有であるように、自分の心持ちや気分というのは、絶えず変動的であります。その中で、好きになったり、嫌いになったり、いいじゃんと思ったり、微妙だと感じたり。そんな愛憎を乗り越えた先にこそ、恐らく、ハートフルで、ピースフル、文句のつけようもない、信頼であったりだとか、確信めいた気分が待っていることでしょう。音楽に対しても同様。

くるり岸田氏のブログに、矢野顕子さんのこんな発言が載っていました。

「大好きなバンドっていうのは、CDが出るたびに、とりあえず買って、それが良かったとか悪かったとかじゃなく、ただただ活動を見守れてるだけで幸せになれるバンドなんだよね」

うろ覚えですが、こんな感じ。

そんなバンドや人間に、もっともっと出会いたいものです。


※グルメツアー後編は後日更新します。福島、TAROCAFEの素晴らしさは皆々様に知らしめなければなるめいと、使命感を感じつつ、バタバタ仕事頑張る日々です。

2011年11月18日金曜日

パパの歌

あたふたと仕事し、あたふたと家に帰り、あたふたと寝、あたふたと起き、午前2時。

こんな感じの生活体制が2週に1度、組まれます。ポツネン。




先週の日曜、実家で法事なるものが執り行われ、今の御時世なかなか親戚が一堂に会するなんてことはありませんから、今年の春に山形に帰ってきたワタシにとっては、そこが「帰ってきた・10代目(ワタシは10代目なのです)」初披露となったのでありました。

でまあ、止まらないわ話、注がれるわ酒、聞かれるわ結婚いつなのかで、故人を偲びながらも、ゆるやかに朗らかな雰囲気が形成され、どうも一つ、親戚付合いなんていうものが薄弱している昨今ですが、これからもですね、親戚同士のキズナ、これひとつ束ねて、お互いに頑張って行きましょうよ、平成。なんて話しておりましたらですね。

まーた涙腺ゆるみました。

前にもどこかでお話ししたのですが、ワタシ、映画とかで、絶対泣いてしまうシチュエーション、いわば、ツボ、のようなものがありまして、


【自分より遥かに年上の人の、少年(少女)時代の、平凡な毎日の回想映像】

にめっぽう弱いのです。


クレヨンしんちゃん~嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲

というタイトルも中身も超絶に素晴らしい映画がありまして。

この中で、野原ひろし君(しんのすけの父ですね)が、秋田のおじいちゃんの漕ぐ自転車の後ろに乗って、農道を走っていく、というそんなシーンがあるのです。

が、それが個人的にすごくシンクロしまして。

それでひろし君、小さいころ親父と走った農道を、走って通学し、小中高、通い、失恋、経験し、とぼとぼ歩き、大学、行き、故郷を離れ、みさえと出会い、そして、しんのすけ、生まれ、シロ、飼い、ひまわり、生まれます。

こういうの、あまりに弱いんです。

なんというか、自分の知らないところで、こんなことがあったんだなあ、こんなに食いしばっていたんだなあ、というのが、物凄く沁みる体質なんですね。だから、見えない所での努力をけして惜しまない、アイドルやAV女優の生きかたに惹かれるのかもしれません。

そんなわけで、法事、もう親戚もみんな良い年ですから、昔話止まりません。
親父がいないタイミングで、昔の親父の話、母親の話、あーだこーだ、止まらなく、その度に、自分の知らないところで、こんなにもいろんなことが巡り巡っていたんだなあと、僕を生むために、こんな苦労があったんだなあ、みんなの気持ちがあって、大学にいけたんだなあ、色んな出会いに恵まれたなあ、そういやあいつは元気でやってんのかなあ、「…おーい中川ちゃん!DJやろうぜ!ぐすん」などど、じわじわ感動し、泣きそうになるのです。

そんなこんなで、昨今、親になるということがどんなことか、じんわりと考え始めています。というお話でした。


最後に、最近散髪に行った時の、理容師とワタシの超ゲーセワな話をひとつ掲載して終わります。

ひろし君の回想はこちらから↓
http://www.dailymotion.com/video/x5wovw_yyyyyy_music


俺「先輩(理容師)娘さんいま何歳っすか?」

師「もう小4だよ!」

俺「はやー!まじっすか!」

師「4年間も都会いたんだもん、そりゃ驚くわな」

俺「でもさすがに小4てびっくりっすわ」

師「しかし最近ちょっとエロくなりだして困ってる」

俺「・・・どういうことすか?」

師「なんか最近股間を枕とかに擦りつけて、気持ちいいのかそのまま寝てるんだよね」

俺「それ2次性徴終わりかけのころにこっそり始まるやつですよ。見ちゃってどうすんすか。」

師「でももう2年くらいの内に、生理始まって、毛生えてって考えると、すげー色々ね」

俺「複雑ですか?」

師「複雑ですよね」

俺「そうですよね」

師「いやはやね」

俺「でもまあ、今からオナニーしてんすから、監視しなきゃ駄目ですよヤリマン化現象」

師「いやーそれは怖い!」

俺「どうします?『○○さんちの娘、ヤリマンらしいよ』なんて聞こえてきたら」

師「ハゲるね」

俺「ハゲますか」

師「でも俺最近言われたの、友達に」


「お前が若いころ女の子にしてきたことが、そのままお前の娘にされるんだよ。だからお前には女の子生まれたの。そこでお前は複雑な心境になんの。でもそれはかつてのお前の彼女の親父さんの心境と同じなの。そうやってうまく世界は回ってんの。」


そういうと、スペシャルなヤンキーだった理容師先輩は、ヤニまみれの歯をチラつかせ、ニタニタしながらデミタスコーヒーを口に含み、こう言ったのでありました。

師「でもいいもんだよ。子供。いるだけで。」

・・・世界がちょっと開けた気がしました。

2011年11月13日日曜日

車を買いました

車を買いました。

ずーっと、ずーっと探していて、なかなかいいものが見つからず、すごく渋っておったんですが、先日鶴岡行った時に、ありゃ、こりゃまたかっこいい外車だなあと思ったら、信じられない値段がついており、慌てて急ブレーキ。店入って開口一番、「彼、買います」と声も高らかに。

とまあ、半ばノリみたいなテンションで車を買ってしまいました。

で、ワタシ史上初めて「マイ・カー」なるものを手に入れたんですが、、

これ、ほんとにヤバいですね。

まず、何時間でも車にいれるようになりました。
もう愛おしくてしょうがない。
よくテレビとかでフェラーリマニアのおっさんが愛車に頬ずりしてるような映像が流れるたびに腹抱えて「馬鹿だ!馬鹿が居る!おい國本!馬鹿が写ってるぞ!」などとゲラゲラ笑っておった類の人間ですが、昨日車舐めましたからね。ワタシ。

もう完全に恋に焦がれてしまっています。

なんというかこれ、お見合い結婚みたいなもので、結婚してから改めて恋をし始めるみたいな。こんな経験・・・初めて!!な毎日に、至極張りを感じておるところです。


問題はここからなんですが、車、オープン(になる)カーなんですよ。

でまあ、さーむーいーしー、ふーゆーだーしー(ハイロウズ)で、幌を脱ぐのは早くて来年の春くらいだろうなあなんて思っていたんですが、

結果、一昨日友達3人引き連れてオープン(になった)カーで夜の田園都市・庄内を疾走しまして、

ワタシ、偉く感動しました。

死ぬほど寒い寒い言いながらも、排気ガス吸い込みながらも、天井に邪魔されない満点の星空の下、ただ車乗ってるだけで4人でテンション猛り狂いまして、結果、無双が4人爆誕。この様、えらくアナーキーやないかい、えらくアカルイミライを想起できないかいと、大変に感動して、もちろん、車一台でこんなにときめけることにも凄みを感じましたし、何より、とんでもないコンテンツを数多の中古車の中から引き当ててしまったワタシにも震えるほどの畏れを感じました。

つまらないこと、多い昨今ですが、例えば今回の車のように、いつでも確実に気持ちの勢いが加速するようなコンテンツを握っておくこと、これ本当に大事なんだなと思いました。
例えば、シャッフルで流れてきて、イントロ5秒で爆上がりする曲があるように。そんな方向性で車を買えたこと、実に嬉しく思っています。

来年の夏、とびきりブーキーなフリーキー達と、天井取っ払って日本海沿いをずっと北上してみたい。そんなところです。


昨日は所用で新庄まで行って来ました。
風邪引いてダウンも、9時間くらい寝たら治って、朝から快便快食。
今日は実家でザ・法事なので、北は山形、南は山形から一族大集合です。
ハヴァグッデイ。

中日に勝って欲しい。

2011年11月11日金曜日

懊悩している

やっぱりこうやって、ブログ的な何かを立ち上げて、タイトルを悩み、デザインを悩み、コメント欄の設定もして、さあ、いよいよ、一つ目のブログ記事を書いてみようと思った矢先、あれれ、何を書けば良いのだろうと、またもや悩みに悩み、タバコを吸い、悶え、忘れ、動画をみて、笑い、ウインナー、茹で、小腹、埋め、タイマツ、こすり、うなだれ、そしてまた、タバコ、吸い、などと繰り返している自分をみて、私は気付いてしまいました。

やっぱり私は悩んでいます。

日常のあらゆること、偶然の引き合い、出来合いの茶番、その全てにおいて、私は自らの立場や振る舞いを悩んでいます。
今日もこうして、ブログを立ち上げてみたものの、ここに至るだけでも凡そ1ヶ月くらいの時間を要しました。そんな体たらく。怠惰。飽食。


・・・昔話をしましょう。

思えば、もう6年も前の話になってしまいました。

2005年の2月末日、私は、「シドミナミのノーライチノーライフ」というブログを立ち上げました。
そこから2年半、私はブログを書き続けました。
毎日毎日、ブログを更新するためだけにパソコンを開くという、今では考えられない生活を繰り返しました。
そして気が付けば異常なまでのアクセス数を獲得。高校の校長までもが購読しているという奇特な事態が発生。東京に出れば、「ブログ読んでました~シドさんですよね?」などと、大学の同朋に敬語で話しかけられる始末。


そう、はっきり言いましょう。

...私はあの頃に戻りたいのです(白目)。


もっと詳しくいえば、世間の歪な軋轢に塗れまくってしまった今だからこそ、あの時のフランクで、ポップで、フレッシュで、豊かで、そして尚且つ勢いに溢れた自分に帰りたい、否、還りたい。そう激しく思っているのです。

思えば、大学生になったあたりから、ブログに「頑張る」しか書けない病に侵され始めました。見ている人に対する恐怖や、自我のブレなどが相まって、私はつまらない言葉を使い始め、同時に愛して止まなかったはずの、若さ溢れる、健気な言葉を忘れて行きました。

社会人になり、私は更に言葉を忘れました。町田康先生が言うところの、繋ぎの言葉ばかりを覚えてしまったからかもしれません。
これではいけない、そう思っています。
このままではつまらない大人になってしまうような気がして、毎日毎日が憂鬱になるのです。
僕は色々怖くて怖くてしかたがない!

世間及び世間的なるものと何とか折り合いを付けながら、てめえでてめえの背筋を耐えず引き伸ばしていきたい、その一心で開設しました。

熱い自省と、カルチャー狂いの批評コラムが飛び交うブログになるはずです。
人の文章と自分の文章を比べて下手くそだなんて落ち込んでもしょうがありません。
とにかく書いていきます。
よろしくお願いします。