2011年11月11日金曜日

懊悩している

やっぱりこうやって、ブログ的な何かを立ち上げて、タイトルを悩み、デザインを悩み、コメント欄の設定もして、さあ、いよいよ、一つ目のブログ記事を書いてみようと思った矢先、あれれ、何を書けば良いのだろうと、またもや悩みに悩み、タバコを吸い、悶え、忘れ、動画をみて、笑い、ウインナー、茹で、小腹、埋め、タイマツ、こすり、うなだれ、そしてまた、タバコ、吸い、などと繰り返している自分をみて、私は気付いてしまいました。

やっぱり私は悩んでいます。

日常のあらゆること、偶然の引き合い、出来合いの茶番、その全てにおいて、私は自らの立場や振る舞いを悩んでいます。
今日もこうして、ブログを立ち上げてみたものの、ここに至るだけでも凡そ1ヶ月くらいの時間を要しました。そんな体たらく。怠惰。飽食。


・・・昔話をしましょう。

思えば、もう6年も前の話になってしまいました。

2005年の2月末日、私は、「シドミナミのノーライチノーライフ」というブログを立ち上げました。
そこから2年半、私はブログを書き続けました。
毎日毎日、ブログを更新するためだけにパソコンを開くという、今では考えられない生活を繰り返しました。
そして気が付けば異常なまでのアクセス数を獲得。高校の校長までもが購読しているという奇特な事態が発生。東京に出れば、「ブログ読んでました~シドさんですよね?」などと、大学の同朋に敬語で話しかけられる始末。


そう、はっきり言いましょう。

...私はあの頃に戻りたいのです(白目)。


もっと詳しくいえば、世間の歪な軋轢に塗れまくってしまった今だからこそ、あの時のフランクで、ポップで、フレッシュで、豊かで、そして尚且つ勢いに溢れた自分に帰りたい、否、還りたい。そう激しく思っているのです。

思えば、大学生になったあたりから、ブログに「頑張る」しか書けない病に侵され始めました。見ている人に対する恐怖や、自我のブレなどが相まって、私はつまらない言葉を使い始め、同時に愛して止まなかったはずの、若さ溢れる、健気な言葉を忘れて行きました。

社会人になり、私は更に言葉を忘れました。町田康先生が言うところの、繋ぎの言葉ばかりを覚えてしまったからかもしれません。
これではいけない、そう思っています。
このままではつまらない大人になってしまうような気がして、毎日毎日が憂鬱になるのです。
僕は色々怖くて怖くてしかたがない!

世間及び世間的なるものと何とか折り合いを付けながら、てめえでてめえの背筋を耐えず引き伸ばしていきたい、その一心で開設しました。

熱い自省と、カルチャー狂いの批評コラムが飛び交うブログになるはずです。
人の文章と自分の文章を比べて下手くそだなんて落ち込んでもしょうがありません。
とにかく書いていきます。
よろしくお願いします。