2014年3月23日日曜日

やべ~勢いですげー本作ります

You champ carry your way ! 
ここから景色を眺めている ここから世界を見たことがあるか?この寂れた街についてどう考える?可能性を断ち切ったのっておまえ自身じゃない?だから俺はここからやってやる 俺はここから変えてやる
何かが起こる それは場所ではない 数ではない 理屈ではない 他人ではない 憧れでおまえは高く飛べない
You champ gangatte carry your way ! You gonna way !
此処から変えろ おまえの街は此処だ 此処で生きてる 逃げるな 此処から景色(シーン)を変えろ LOCAL HERO
――FRIDAYS『LOCAL HERO』(歌詞はayateさんのブログから引用させて頂きました)


本を作ろうと思っています。
きっかけは先日のユアターンSUMMITと、この本。最上に生きる100人の若者たち。












前回の記事でも書きましたが、「食の都庄内」運動とか、様々な行政主導の企画において、若者⇔若者以外、金持ってない人⇔お金に余裕ある人、の格差が大きくなっている気がしています。
今年の5月、庄内町に新産業創造館(クラッセ)が出来ます。そこに「やくけっちゃーの」なるお店が入るのですが、それにどれだけの人が集まるか、よりも、「どれだけの若者が集まるのか」が、結構日々不安です。更に、それを行政が無視してはいないか、不安なのです。
在来野菜や「よみがえりのレシピ」のムーブメントが盛り上がる一方、僕の周りの通称若者(特に男)で、在来野菜に興味・関心がある人はほぼいない。その代わり、ガストやココスはいっつも混んでる。そんな現状に、日々逡巡。



山内マリコさんの「ここは退屈迎えに来て」という本に、こんなくだりが。
24時間営業のファミレスは、あたしたちと似たような境遇の暇な若者でいっぱいだ。ナイロンジャージにスウェットパンツの、引くほど行儀が悪いヤンキーカップル。
ときめきを探している女の子、携帯をいじってばかりの男の子、テンションの低い倦怠期カップル。そんなくすぶった人々。若さがフツフツと発酵している音が聞こえる。
フロアの通路を歩くときは毎回、品定めするような尖った視線を浴びる。知ってる奴じゃないかチェックしてるのだ。みんな誰かに会いたくて、何かが起こるのを期待してるんだと思う。あたしだってそう。
――山内マリコ著『ここは退屈迎えに来て』「君がどこにも行けないのは、車持ってないから」より

これを読んだとき、僕の地元の友人の、こんなツイートが頭によぎる。
24で結婚してないと売れ残りと言われてしまう恐ろしい場所に、私は生まれてしまったようだ
――鍵アカウント 

庄内で生活する僕の周りに多い「早く結婚したい」女子と、「仕事辞めてぇ」若者。
彼ら彼女らは、ファミレスで「知っている奴じゃないかチェックする」人たちに、とても似ている気がして。退屈で退屈で、単純で伸びしろが見えなくてつまんなくて、給料低くて、理不尽に怒られて納得できなくて、いやでいやでしょうがない仕事や生活や人生を、何か劇的なイベントによって変えてもらうのを待っているのかもしれない。まるでファミレスで偶然であった友達とカラオケに行くのを期待するように。

暇で退屈だから、なんとかしたい。でもでもその一方。彼らがどうして受け身なのか。自分で変わればいいじゃん。でも何でそれができないのか。
その理由をずっと考えていたら、貧困と富裕を激しく行き来する自分の東京生活で、かつてぼんやり思っていたことが蘇りました。

お金が無いということは、「面白い」に対するアンテナが鈍ることなのではないだろうか。

お金がないと、Youtubeは見れるけど、何を検索していいかわからない。お金がないと、じゃああれも読もう、あれも聞こう、が出来ない。(日常における)検索ワードが広がっていかない。ついでに、うまい飯が食えない。そうなると、張りがない。人生における三大ストレスは「お金・人間関係・健康」ですが、「人間関係・健康」はごまかせても、「お金」は数字なので、簡単にはごまかせない。

それでも、東京でのニートは成立しますが、「庄内でのニートはなかなか厳しいぞ」と、余目在住の元ニートの友人が言っていました。まず車がないとどこにもいけない。買い物も出来ない。まず実家にネット環境がない(!)。更に、「あそこの○○くん、仕事しないで家にいるんだって~」等々の近隣の流言蜚語が、とてもクリアに聞こえてくる。へこむ、鬱になる、引きこもる、へこむ、鬱になる、引きこもる。。



庄内における、面白い若者をフォーカスする現場が少ないような気がします。
普段、紹介してもらったり話しかけたりで出会う人は、若くして「楽しいに貪欲」で、自分の生活をPOPにクリエイトしている人がとても多いことに驚かされます。そして、そんな面白い人から繋がる星座をたどると、「こんな人、庄内にいたんだ」の連続。だけど、紹介してもらうまで、僕はその人のこと、知らなかった。

庄内におけるタウン誌はラーメン屋を中心とした飲食店がいつもメインだったり、年配者や県外で活躍する山形出身者のインタビューにページを大きく割いていたり(これ読んでガストに集う庄内の若者が何を感じるんだろう、といつも考えてしまうのです)。新聞にも、大手の食産業メーカーの新商品情報は載るのに、若くして独立した美容師の記事はなかなか載らない。このスタンスって、行政の「食の都庄内に関心がある世代」偏重の傾向と、とても関連しているように思えるんですが、考え過ぎでしょうか。

僕個人は「仕事辞めてぇ」人は、辞めればいいと思っています。そんな簡単なことじゃないんだよ!とたまに言われますが、確かに簡単じゃないけど、案外いけるんじゃないの?と思ってしまう。一度しかない人生で、1日の大半を占める仕事がその人にとって「不快」だとしたら、それってとてつもなくもったいない。
うちの社長が、盆や正月の長期休みの度に、「仕事してないのが怖い、気持ち悪い」と言って、のそのそ会社に行くのを、最初は「なんだこいつ?」と思っていましたが、最近少しずつ、その気持ちが分かり始めました。

うちの社長(自分がやりたいことを仕事にしている人)にとっては「仕事している」のが「快」で、「仕事していない」のが「不快」なのです。仕事頑張ったご褒美に「仕事しない」を設定している人は、ダイエットのご褒美にスイーツ食べるのを設定している人と同じで、根本が「仕事したくない(ダイエットしたくない)」人なので、どうやってもサボりから逃れることは出来ない。時間を売って給料をもらっている人は、仕事が不快な限り、仕事が快感な人の楽しさや内的な充実は得られない。この差って、結構どうやっても埋められないような気がするんです。

だったら、自分がやりたいことをやるべきだと思います。お金のために、苦痛で、何でやっているのかわからない仕事をするよりも、自分がやりたいことや実現したいことに向かいながら、その活動でどうやって「お金のための仕事」レベルの収入を得ていくかを考えたほうが、ストレスは少ないはず。1個のやりたいことで3万円しか稼げなくても、5個やりたいことがあれば15万円稼げるかもしれない。

でも、そうやって生活している人を行政やメディアがクローズアップする現場が少ないから、どうやればその生活を実現できるかがわからない。だから怖い。将来が不安。ナリワイの伊藤さんみたいなスタンスを知れない。つまり、両者をマッチングさせることの需要はあると思うんです。



最上支所が「最上に生きる100人の若者たち」を出したとき、なんで庄内でこれが無いんだと凄くモヤモヤしました。しかし、行政の人に話したりしても、なかなか実現せず。
でも、どうしても欲しいので、MOOK『山形庄内の面白い若者100人』の自費出版をすることにしました。

できれば「40歳以下/面白い」の2条件で、庄内にいる(目立たないかもしれないけど)面白くて夢があって、素敵なお店や活動をしている人100人のインタビュー本を作ります。最初に僕が5人選んで、その人達にテレフォンショッキング形式で「面白いと思う人」を紹介してもらい、それぞれ20人たどるイメージです。もちろん飲食店も、飲食店以外も。

いま何をしているか、これまでの経歴、庄内に対する思い、こんなことをこれからしたい、どこに行けば友だちになれるかはもちろんですが、好きな音楽、好きな映画、好きな本、購読している週刊(月刊)誌などなど、パーソナルな部分もガンガンに聞きたい。そこから始まる人間関係が、職業を超越した新しいグルーヴを生むスピード感がとっても魅力的に思えます。「本で読んだんですけど、FISHMANS好きなんですか?」から農家と服屋が仲良くなって、FISHMANS+UAを希望ホールに自主興行で呼ぶの、大アリだと思うんです。不可能なんて無いよ(FMB)。でもやるんだよ(根本敬)。ムリだって言うやつにはムリだ(武井壮)。

そんな本をなんとか今年中に売りたい。出来ればワンコイン。
絶対に紙媒体にしたい。前述のユアターンSUMMITに参加している人や、検索やリンクで山形みらいラボにたどり着いて、インタビュー読んでいる人は、もうスタート切っている訳で、そこにも至らない、けど何かしたい人に響く内容にしたいです。

というわけで、早速4人の方に、インタビューしたい旨を交渉したり、実際にインタビューしたりしたんですが、みなさん次に誰を紹介しようか、目を爛々と輝かせて「あの人も面白いなぁ、この人も面白いなぁ」と考えてくれるのを見て、鉱脈がここにあったかと、興奮しています。

将来的には、「○○みたいなことがしたい」人に、「だったらあの人と飯食いに行きなよ」と言える、人間マッチメイカーになりたい。



田我流(でんがりゅう)という山梨のラッパーがいます。去年発売したLIVE DVD『B級TOUR ―日本編―』の中で、彼がこんなことを言っていました。
(略)まぁ松本って言ったらさぁ、山梨の隣だから。俺達の町がどんな町かさぁ、松本の奴らと照らし合わせてみようか。俺たちが来た山梨県一宮町ってとこは、真ん中に東京まで続いてる国道20号線っていうでっけえバイパスがあって、その周りを固めてんのは、松屋!すき家!マック!ラウンドワン!ドンキ(マザファッキン)ホーテ!そんなところを俺らは毎日ぐるぐる回らされてんだよね。回って回って回って挙句にパチンコ行かされて金使わされて、最終的に金がなくなったら消費者金融行かされて。そういうとこでとんでもない人生最悪の結末が待ってる奴っていっぱいいるんだよ。地方はマジで最悪な結末が意外と普通の形で訪れるからね。みんな気をつけないとだめだぜ。
――田我流『B級TOUR ー日本編ー』「Chap.4 松本SONIC」より
THA BLUE HERBが札幌を拠点にするように、最初に貼ったFRIDAYZが酒田で戦うように、田我流は山梨に住んで、地元のシーンを盛り上げようとラップしています。最近は地方活性化セミナーのパネリストにもなったりしている異色のラッパー。
でも、BLOODY(鹿児島)もそう、ビレッジマンズストア(名古屋)もそう、もちろんNegicco(新潟)もHKT48(福岡)も。d taravel design に取り上げられている人みんなそう。地方から発信する。こだわってこだわって、自分の地元に自分のステージを作る。そこを舞台に踊って踊って、発信していく。そんな人がたくさん目立つ場所に、やっぱりしたいっすよ。庄内。飯でもなく、自然でもなく、人で人々を盛り上げたいんです。

というわけで、最初の波を、本で起こします。頑張る!



2014年2月25日火曜日

0223-0224 UrTURN SUMMIT にて 燃える

土日で東京。

土曜の夜は目黒「とんかつとんき」へゴーダウン。せっせととん活。











初めて行ったのは何年前だ?この日はかつて無いほどの大行列。外まで並んでるのはそうそうない。
並んでる間に、後ろから
「8年前と全くシフトが変わっていない」
と声が聞こえてくる。

そうなのだ。ここはいつ来ても、同じ人がとんかつを揚げ、同じ人がとんかつを切り、同じ人がレタスを盛り、同じ人が辛子を皿に付け、同じ人が客を席に案内し、同じ人がホールを行っている、脅威の完全フォーメーションを組むお店。
コの字型に客が囲むキッチン内では、店員同士はほぼ一言も声をかわさず、しかしとても滑らかに、まるで機械のように完璧なフォーメーションで動き続ける。それをお客がうっとりした目で、見入る。まさに「とんかつ劇場」、とでも言うような。

前述の「とんかつを切り続ける同じ人」は、推定80歳。
そしてキッチン裏の洗い場は、隙間から10代の子が必死で皿を洗っているのが確認できる。彼がとんかつを切れるまで何年掛かるのかはわからない。
が、とても震える。
誰を連れて行っても黙る。本当にうっとりする。

孫を連れて行きたい飯屋ランキング、1位。とんかつの文化遺産こそ「とんき」だ。
働くこと、何かに熱中すること、こだわりを持つこと、使命を全うすること、「好き」に生きること、そして、美味しいご飯を食べることの尊さを教えてくれる名店です。

とんかつ頂きながら、俺は初めて来た頃と何が変わったのか考えた。
初めてとんきに来てからこの日までの数年間、爺さんがとんかつを切り続ける間に俺の生活も激変した。爺さんもけして同じ1日など無く、日々学びながら全力で極みへ登っていているんだろうと思うと、継続の尊さにも痺れる。

それから、中野のアンリ家で宿泊。


















日曜、ユアターンサミットにて、登壇。

全くタイムテーブルを見ずに行ってしまったので、初っ端に話を振られ、いざ!と気張って、延々と熱量を込めたら、長いと指摘される大失態。自分のイベントじゃないんだからとしきりに反省。最初の振りで5分以上喋っちゃったので、他の登壇者も3分以上は喋る流れになり、結果押し押し。申し訳なかったです。

ただ、サブカルの話とヤンキーの話が異常にウケていて、なるほどなぁ、と思った。ヤンキーの話に関しては20人位から褒められた。
普段、講演なんかで話すときはそこまで出来ない、自分の地方への想いをメインに押し出した、友達の前とかで話す内容を初めて卸せたので良かったです。(結果僕が何者なのかわからないまま終わってしまったのは残念だけど)

話しきれないことも沢山あったので、需要があるかわかりませんが、(あとこれ出していいのかわかりませんが、)事前にもらったアンケートの一部、加筆したものを載せます。

以下。

・山形にUIターンしたきっかけ、しようと具体的に考えるようになったを詳しく教えて下さい。
東京で様々な活動を行う中で、大学時代の同級生や知り合いが沢山就職留年したり、「日本で年間3万人が自殺している現状」を多々目の当たりにしました。その一方、就職をせず、例えばアプリを開発したり、その流れで会社を起こしたり、NPO法人を立ち上げたりして、一概には言えませんが「自分がしたいことをして生きている知人」も沢山いました。その中で、就職をする意味、もっと言えば「就活をする意味」がわからなくなりました。大学辞めて「やっと自由になれる!」と思っていたら、学生みたいな感覚で企業に「所属」していて、全然生活をクリエイトする気がない社会人を多く見た時に、凄く感覚の乖離を感じました。

主に世間体さえ気にしなければ、例えば月3万円稼げる活動を7個やれば、20万の月収は得れるわけで、そういった形で皆がある程度自由で、ストレスフリーでいれる人生の仕組みを作りたいと思うに至りました。元々、映画・音楽・本は大好きでしたが、それとは別に、食文化も大好きで、自分の趣味や嗜好を拡大していくうちに、米シスト庄内という会社が凄く可能性に溢れているように見えました。現状こそ、縛りも多くてとても精神的にキツイ世界ですが、単純に将来農家が減れば、目の前に広がる耕作放棄された庄内平野こそが可能性の塊になると思いました。そこを基盤にして、先程の「理想的な生活」なるものを創造できないか、と思ったのがきっかけです。

あと、サブカルが好きです。歴史に残り、大衆を一つにしようとするのがカルチャーだとすると、「誰もひとりぼっちにしない」のがサブカルだと思っています。これは高校3年生の時にアラバキロックフェスティバルで見た銀杏BOYZ峯田和伸のMCに起因しています。「LOVE&PEACE」をいくらロックで唱えても、同じクラスに、同じ職場に、「どうしても仲良くなれない」人がいる限り、残念だけど音楽で世界を一つにするのは無理だと思っている。じゃあ何故銀杏BOYZは歌をうたうか。銀杏BOYZは、誰もひとりぼっちにしないために歌をうたうんだよ。みたいなMCを峯田和伸がした時、サブカルを生まれてはじめて意識しました。

ネット社会の弊害だと思っているんですが、全部「はい」と「いいえ」の二元論になり、どちらかの意思表示をするに至る思考や懊悩のプロセスが可視化されなくなってしまいました。結果、「いじめはだめだ」「人を殺してはいけない」「人と仲良くしよう」「これがライフハックの方法です」「タバコは体に悪い」みたいな、ある種「答えだけが氾濫している社会」が出来上がりつつあります。でも、実際は舛添が絶対正しい、宇都宮が絶対正しい、田母神が絶対正しい、のどれにも正解はなくて、それぞれの中に正解と不正解があるわけで、その曖昧さ(「情緒」や「粋」もその類だと思っています)を汲み取ろうとするムーブメントが本当に少なくなってしまいました。

中学生が「あいつが死ぬほどムカつく、ぶっ殺してやりたい」「あの可愛い子を俺の思い通りにしたい」と思った際は、それを相談できる友達が放つ「わかるわ~(笑)」がストッパーになりえます。でも、それを誰にも言えないまま、社会の「殺人・レイプは絶対悪」の標語に対峙し、結果「自分は異常者だ、誰にもわかってもらえないんだ」と思ってしまった人が、秋葉原や池田小学校に突撃してしまうのではないかとぼんやり考えています。

そんな孤独者が心の隙間を埋め、「人間全員が正常と異常の間でうまく生きている事実」を気づかせる作用が、サブカルにはあります。寺山修司・坂口安吾から根本敬に至るダメ人間賛美はもちろん、「デビルマン」や「ダークナイト」で、正義が悪になり、悪が正義になる瞬間を見ることで、自分は大丈夫だと言い聞かせる真夜中を、僕自身沢山経てきました。

食の嗜好が細分化していく中で、更にTPPが始まれば、ますます食の選択肢が増えることになります。その中で、農業をサブカルにしたい。BGMを選ぶノリで米を選んだり、暮らしを選んで欲しい。米シスト庄内は今は農業の会社ですが、本屋も映画館もレコ屋も飯屋もやりたい。居場所をつくりたい。サブカル好きのマイノリティだからこその感覚と共意識で仲間と様々な活動をしていく中で、もっともっと食を理解して様々な角度から楽しめるようにしたいです。なので、有機農業には賛成であり反対で、化学肥料にも賛成であり反対です。様々な人の好みと隙間を満たす農を軸にした活動。それが実現できる下地が山形の田んぼにある気がしました。

・現在の職業・活動などを詳しく教えて下さい。
今は米シスト庄内営業広報部統括という役職です。仰々しい名前ですが、「部長」と名乗るのが恥ずかしかったので「統括」を名乗っています。一緒に就職した早稲田大学法学部中退の國本という友人が最初に与えられた仕事は「就業規則の作成」でしたし、その程度のアバウトな会社です。メインは営業業務で、2012年に國本と一緒に作った、「かりんと百米」という米粉加工品を持って、全国を飛び回っています。

農業生産法人を米中心に動かすとなると、「天気や相場に年商を決められている」感覚に陥ります。天気が良くて豊作になれば、年商は上がりますし、農協や米問屋が動かす相場が下がれば、年商も下がります。何で年商が下がったのかを問われれば、それを「銀行さんに理解してもらう」しかないことに、凄く無力感を覚えました。

その一方で、加工品(例えば菓子)は、基本的に価格は変わりません。去年米の相場が下がって、近隣の農家はそのことを嘆いていましたが、米の価格が下がれば花林糖の原価は下がります。「原料を持っている」という他の食産業業者があまり持っていないアドバンテージを活かして、加工品の世界に挑戦しつつ、農業の可能性を広げています。加工品で年商の50%稼げれば、天気や相場で会社が潰されることはまず無いので、そこで出来た余裕を前述の様々な嗜好に向けての活動に向かわせるべく、今は体力を作っているところです。

その他、HPを作ったり、商品開発をしたり、財務諸表を見て銀行やコンサルさんと話しあったり、当然田んぼが忙しい時期は田植機・コンバインに乗りっぱなしなどなど、会社業務は全般になります。また、塾で講師もしています。必死な人が好きなので、受験生と話すのが大好きです。

・UIターンする前と今で、山形での暮らしに対する想像と現実のギャップなどはありましたか?もしあれば、小さな事でも良いので、詳しく教えて下さい。
Uターンする前は、東京で生活と同じように、軽いフットワークで振る舞えるかと思っていたのですが、親戚関係や地域の行事への参加、周りの農家との関係調整を、父親がこっそり一手に担っていたことを知り、東京での人間関係の数倍濃密な人間関係を組んでいかなければいけないことに慄きました。これは今でもあまり変わらずに慄き続けています。

「地域に参加しないと叩かれる」だろうなあ、と思っていましたが、「地域に参加しないと陰湿な方法で叩かれ」ます。(もちろん一度仲良くなった人や仲間に入れてもらったコミュニティはとても良くしてくれたり、守ってくれたりも多々あります。)

また、好奇心のある、探究心に溢れた若者が少ない印象があります。自分の大好きな趣味が「本・映画・音楽・食」だとすると、庄内の若者(特に男)は、結構皆「車・ダーツ・釣り」が大好きです。庄内に帰ってから何度カラオケでEXILEの「Ti amo」を聞かされたかわかりません。もちろん馬鹿にしている訳では無いのですが、そのような場で、「自分が東京で数100万払って蓄積してきた文化についての知識財産」が、無価値に思えるようなシーンが多々あり、疲れました。「今夜はブギー・バック」を歌っても、「なにこれ?笑」で消費されてしまう現実がそこにはありました。

一つの物事を多面的に想像したり、妄想したりして話を膨らませる会話をあまり楽しめませんでした。唯一の共通項と思えた「食」や「お笑い」についても、目の前のものをただただ消費し、「つまんねーよ」と言うことで自己の表現欲を満たしてしまう自称消費者(ツッコミ側の人間)が多く、次第に地元での同世代(特に男)の友人関係は放棄しがちになりました。都会よりも田舎のほうが「文句ばっかり言っている人間」が多い(目立つ)ということです。

追記
ですが、その一方で、20代以下と30代以上の主に食を中心とした意識差がどんどん広がっている状況には、大きな危機感を頂いています。「食の都庄内」として、在来野菜を中心とした食文化都市を目指す気運が生まれていますが、周りの同世代の友人でアル・ケッチャーノに行ったことがある人は本当に稀で、ほとんどいないです。

ここ最近衝撃だった話で、「化学肥料を使った農業よりも有機農業の方が、長期的に見れば地球環境に悪い」というのがあります。要は、有機は収穫量が上がらないので、例えば、100人に食わせる作物を育てるのに、化学肥料だと10aで済む面積が、有機だと20aかかる。そうすると、2050年に人口90億人に膨れ上がる地球において、全員が有機野菜食べるには森も川も全部農地にしないといけない、その形の自然破壊はありなんですか?という視点です。

地方で有機野菜を作ってる農家が、それを何処に売るかというと、主に都会の(または一部地方の)富裕層です。もしくは脱サラ後、経済社会引退気味の金持ちダウンシフターズが有機農業を始めて自家消費するというパターンが増えています。「有機野菜しか売れない」というルールがもし出来れば、とりあえずの今の農地面積では、スーパーの野菜売り場は縮小して、「野菜を食べる機会のない」人たちが出てくると予測されています。

確かに僕は、学生時代に金がとことんないときに、水道水をがぶ飲みしながら、「あ~格差社会だね~」なんて思っていたけれど、それが地方に広がりすぎている気がしています。かと言ってB級グルメに在来野菜を使って気軽に食べれればと思えば、それはそれで「価値が下がる」から違うらしい。結局「食の都庄内!」、だとか「在来野菜!」だとかのなかで、「金なくて有機野菜食えない」、もっと言えば、「金なくて有機野菜に感心持てない」人たちが本当に多くて、その一方で酒田市みずほのガストは深夜三時でも人がいっぱいで、今まさに「格差社会」を痛感しています。

そんな同世代の友人たちを目の前にして、その人達の手が届かない作物を育てる葛藤もあります。有機で化学肥料と同じレベルの収量を上げる方法は、今のところ「遺伝子組み換え」しかないですが、それもいまいちはっきりしない理由で有機愛好家が主に否定しています。マックを食っている人は、有機野菜食べている人に何も言いませんが、有機野菜を食べている人が、マックを食う人に文句言ったり否定したりするのを何度も見てきました。これも格差を広げる一因になっているように感じます。

結局、一部の人の満足感のために、同世代の友人の手が届かない価格の、収量減らしてこだわりぬいたお米を作る農業するのか(それもビジネス)、多くの人においしい庄内米を食べて欲しいっつって化学肥料使って農業するのか(それもビジネス)、有機で多収狙って遺伝子組み換え採用するのか(それもビジネス)、心が動く新技術待つのか(それもビジネス)、凄く難しいと思っています。

その葛藤の中で、先述した流れに乗れない(かと言って僕と話が合わない)山形の若者(僕はこれを敢えて「ヤンキー」と呼んでいます)が中心になるような文化の流れを作らなければ、この先は無いなと思っています。経済格差を埋めつつ、みんなが旨いものを食いつつ、文化を楽しめるような場所を、何とか作り出したいのです。

以上です。

夢みたいな理想を語りつつも、現状に共感してもらえて良かった。

イベント全体はもう本当に素晴らしいイベントで、庄内でなかなか出会えない、熱を帯びた若い人との繋がりがたくさん生まれたので嬉しかったです。交流会、試しに、と思って最初は待ちの姿勢でいたら、本当に沢山の人が寄って来てくだすって、嬉しいなぁ~とずっと思っていた。

去年行けずに、どんなもんだろと思っていたショウナイトの実行委員の方と一緒に登壇した方が、「マジで酒田を日本一の音楽の町にしたいんです!」って言ってて、実際に行動しだしていたのには感動しました。別の動きとして、もっけだフェスティバルに対する熱もとても熱くて。絡みたい、と思える動きに出会えて本当に良かった。なんか救われた。救われる気持ち、フィッシュマンズ。何度も見てたこの絵、つかまえたい。

あと、一緒に登壇させてもらった革靴職人の方の、「就職したい会社が山形にあったから山形に行ったまでです。」が深夜バスの中で延々リフレイン。友人のいけだという音楽家が「会いたい人が東京にいたから東京に来た。ハワイにいたらハワイに行ってた。」と言い切っていたのを思い出しました。

便利な施設でも立派な箱物でもシネコンでもラウンドワンでもスタバでもなくて、まず魅力的な人と集団を作れば、人口はおのずと増えるんだろうと痛感。未来の農家志望の大学生(早稲田在籍)に、「米シストが山形にあったから山形に来たまでです。」と言ってもらえる会社を僕は作れるんだろうか。「佐藤さんが山形にいたから山形に来たんです」と言われる人間に、なれるんだろうか。ならなきゃな。そう考えると、歩いた足跡を今なお年間数万人に辿らせる、松尾芭蕉は最強だなと、思います。

結果、いても立ってもいられなくなったので、年始に「今年は継続の年にする」と謳っていたのを横において、新たなプロジェクトを始動させることにしました。ソーシャルライブラリー(シェア部屋)づくりと、ムックの発刊、やる。詳細は後日。

会いたい人がたくさん増えた。
今度は別の肩書と実績であそこで話したいです。長い長い言われながら、でも昨日より何倍も熱い話を。冷め切った大人を焦らせるような。ありがとうございました。