2015年11月17日火曜日

想像力 それは愛だ (ザ・ハイロウズ)


ゆるキャラは人間の想像力への挑戦である。
嘘を嘘と分かっていながら、面白やエンタテイメントのために、「嘘だ!!」とあえて言わない能力が人を幸せにする。これは人間の特権だ。 犬はマスクマンのマスクをすかさず剥ぎ取りにかかる。スーパーマンなんていない。サンタクロースもいない。でも敢えて言わない。言って誰かが不幸になると想像できることは言わない。それは思いやりであり、愛であり、更に言えば段取りだ。


相も変わらずかりんとうを売っております。
2012年に発売してから3年半が立ちました。この間、数十万を超えるかりんとうが世に放たれました。バンドマンでもない、作家でもない俺は、今まで「作品」というものを持っておらず、「作品」もつ可能性に心底驚かされました。はじめましてと名刺を切れば、「かりんとうの人ですよね」と先手を打たれて腰を抜かす。俺が作ったものが俺の知らない所で俺を広告してくれてる。催事に出れば、「いつも買ってます!あなたが作ってたんですね」なんて、やっと会えたみたいなことを言ってもらえる。まるでバンドマンみたいだな。作家みたいだな。農家でもバンドマンになれるのかもな。とても嬉しいものです。

農家が米だけを作っていた頃には、こんなことは有り得なかったことで、農協に出荷して終わる「1年」が、こうして、延々と終わらずに、繋がり広がる感覚が、とても好きです。

ものを作ることはそういうことだと思う。
フジロッ久の藤原さんがコラム( http://dayz.today/column/555 )で、「DIY」=「消費されないものを作ること」って言ってたけど、あのかりんとうを俺が作っていると知っている人は、単純な消費から、違う消費としてかりんとうを買って、食べたりあげたりしてくれるだろうし、そうやって、身の周りの誰が作ったのかもわからないものを、ひとつひとつルーツや作り手がわかるものに置き換えていく作業も、立派なDIYだと思うのです。物を作る側は、そういった消費の感覚に敏感になれることも分かりました。

久々のブログなもんで、色々と書きたいことはたくさんあるんですが、まずはこれ、ドゥワチャライク、7月の開催に続いて12月5日に開催します。














































やりたいことはさっきの消費の話に似ています。漠然と人がいなくなる(ような気がして)、漠然と廃れていってる(ような気がする)地元山形県庄内地方を、ルーツと作り手に出会うことを持ってして、感動したり安心したりできる場に変化させたいのです。

お祭りのヤグラの上で太鼓や笛が鳴らされ、それを取り囲むように盆踊りを踊り、さらにその周りに出店が並ぶように、音楽の周りで踊る人たちがたまに出店でものを買って、それをお土産に家(日常)に帰り、家(日常)でそれを食べたり飾ったりしてお祭り(非日常)を思い出す。そんなイメージです。

出演・出店してもらえる方々については、今度ガッツリ書きたいんですが、今回も、日常や暮らしに率直に生きて歌う音楽家の皆さんと、紛れも無い地元山形で色んな物を作り上げる作家の皆さんが集まりました。12月5日の夜、家に帰って、ドゥワチャのパンフレットやお店のショップカードを眺めて、12月6日にあのCD買おうだったり、あのお店行こうって思ってもらえたら最高だなぁぁ。施策、とか、対策、とかそんな仰々しいものではなくて、「このバンド最高だよ!」の果てに楽しい暮らしがあるような、そんなことを夢見てます。

ドゥワチャライク、よろしくお願いします。

明日は故障してずっと代車だった車が帰ってくる!乗り越えろ、車検!
また書きます。